昨今、新型コロナウイルス感染拡大の影響により、生活様式が急速に変化しており、新時代の生活様式に合わせた人の「行動変容」が求められている。また、多様な科学技術の発展により、人間の生活を豊かになり、利便性が高まる一方で、期待される恩恵とは異なる方法に進み社会問題を生じる場合も出てきた。そのため、特定の価値観を押し付けず、個人の生活を尊重しながら社会との調和を実現できるような、人と技術の関わり合いについて体系的に行動変容について議論の場を設けることが急務である。そこで本研究グループでは、個人に最適化した行動変容を促進するために、AIとIoT(以降、AIoT)を組み合わせた行動変容に関する研究について幅広く議論する。
本研究グループで用いる「行動変容」として、先駆的な研究と実践事例を一部紹介する。「行動変容」に関係が深い概念として、2017年にノーベル経済学賞を受賞したRichard H. Thaler教授が提唱した「行動経済学」が挙げられる。行動経済学で有名な「ナッジ(Nudge)理論」では、「人は感情で動く」という観点から経済活動を体系的に組み立てた理論が幅広く活用されている。ナッジでは、相手の行動変容を促すための4つのフレームワークE(Easy:簡単/人は、簡単で楽な行動を選びやすい)A(Attractive:魅力的/人は、自分にとって魅力的なものを選ぶ)S(Social:社会的/人は、社会規範に影響を受ける )T(Timely:タイムリー/人は、タイムリーなアプローチに反応しやすい)が定められており、生活に密着したIoTと行動変容の促進は親和性が高いと考えられる。
ただし、画一的な方法でデータを示し、行動変容のための数値目標を押し付ける方法は効果的であるとは言い難く、安易にIoTを活用するのではなく、個人に最適化した行動変容支援を検討していかなければならない。
パフォーマンス工学分野では、Thomas F. Gibertが、達成目標を設定し、多種多様な行動の中から価値ある達成(valuable accomplishment)とそれに繋がる行動を「尊敬すべきパフォーマンス(worthy performance)」であると定義した。これは達成目標に対しては、単なる行動変容だけではなく、主題(subject matter)に沿った行動が適切に変容すると論じている。つまり、達成目標に対し、組織もしくは個人の価値観を特定し、それに最適化した上での行動変容が求められることを意味する。達成目標の視点については、哲学レベル・文化レベル・ポリシーレベル・戦略的レベル・戦術レベル・後方支援レベルの6段階のレベルに分類されている。
適切な行動変容を促進するためには、各レベルの達成モデルを定め、現状を測定・把握し、測定結果と達成モデルに差異があった時には介入プログラムを策定・実施する。そして再度達成モデルに戻り、その妥当性を検討し、行動変容の対象者(個人・組織等)との歳を測定し、差異があった場合には、介入プログラムを通じて修正していく。介入プログラム、即ち行動変容プログラムの策定には、人の行動観察、質問によるファイリングを実施し、行動変容の対象者に必要な行動レパートリーを調査し適用する必要がある。
工学及び医学分野では、人が発信する生体情報を多面的に解明する学際的研究が長年行われてきた。例えば、小型軽量ウェアラブル機器でセンシングし、蓄積されたデータを解析し、個人の健康状態や快適度を可視化して人にフィードバックする研究である。これにより、人の有する情報を多面的に解明することが有用であることが明らかになった。また、社会科学系研究分野では、人が保有する多様な情報を融合し、新たな情報に創り上げていく観点からの研究が数多く行われている。
社会学者のPeter L. Berge等が示唆するように、社会事象を説明するためにはそれぞれの社会に所属する人の認識を考慮すべきであり、統計的手法に基づく定量分析だけではなく、社会を構成する各個人が発信する、きめ細かい情報に基づいた定性分析が必要不可欠である。そのため、個人に最適化した行動変容について、工学・医学・社会科学等の分野と融合して体系化することにより、新しい生活様式に密接した行動変容へと繋がる可能性を秘めており、さらなる発展が期待できる。
以上から、本学会では、各個人に即して最適化した行動変容を促進するためのAIoTの基礎・応用研究を幅広く議論する。また、AIoTと行動変容に関連する学術分野として、Affective Computing・行動経済学・社会行動学・理学・工学等、幅広い分野の研究者の参加を呼びかける。また医療関係者、電気メーカ、情報関連企業、健康産業従事者にも参加を呼びかける。これにより、従来の学問体系を超えて、「行動変容」を総合的に討議する場としたい。